Tuesday, June 23, 2015

書評『最強の未公開企業 ファーウェイ』


『最強の未公開企業 ファーウェイ』

田濤・呉春波著(内村和雄監訳) 東洋経済新報社 1800円+税

評者:丸川知雄(東京大学社会科学研究所教授)

 

 評者はこの本の筆者の一人である呉春波中国人民大学教授に会ったことがある。1999年にファーウェイの本社を訪れたとき、会社側を代表して説明に立ったのが彼だったのだ。来訪者に対して会社の説明する仕事を外部の人にアウトソーシングするなんて、とその時は大変驚いた。だが、ファーウェイの経営の本質を知り抜く呉教授の説明を聞くことができたのは今から思えば幸運なことだった。

 私の訪問時の呉教授の説明でも、また本書のなかでも強調されていることは、創業者の任正非がメディアの取材を受けず、目立たないように努めていることである。呉教授は会社のパンフレットを差し出して、「他の中国の会社と違って任総裁(当時)の写真がどこにもないでしょ。大勢で会議をしている写真の真ん中にぼんやりと写っている人が任総裁なのですよ」と言った。

 1987年にわずか2万元の資本でスタートした民営通信機器メーカー、ファーウェイは実力のある外資系企業や国有企業がひしめいていた中国の電話交換機市場をまず農村から攻めていった。1998年からは海外市場でも機器の販売を始めたが、まずはアフリカやシベリアなど先進国の同業者が尻込みするような地域に売り込んだ。やがて欧米や日本での機器の販売も広がり、2013年にはついにエリクソンを抜いて世界最大の通信機器メーカーになった。ファーウェイは今や世界に7万人の研究開発スタッフを抱え、常に売上の10%以上を研究開発に投資し、世界の通信技術をリードする存在になった。

 奇跡の躍進を遂げた企業だから、何か特別な経営の秘訣があるに違いないと思いがちだが、本書には経営学者を喜ばせるような新奇なコンセプトは何も書かれていない。本書に紹介されている任正非のさまざまな発言は経営姿勢にかかわる精神主義的なものばかりである。強調されているのは常にオープンな姿勢で、先進企業との提携を通じて学び続けることの大切さである。1998年からIBMなどいくつかのアメリカ企業とコンサルティング契約を結び、業務プロセスの改善に努めてきた。また、同社は顧客至上主義を貫いており、顧客のニーズから乖離して技術の先進性を追求するような経営姿勢はとらない。

 残念ながら中国企業に学ぶべきものがあると考える日本の企業関係者はとても少ない。だが、本書を読みながら、日本の大企業がファーウェイから学ぶべきことは少なくないと思えてならなかった。

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