ヘンリー・サンダースン、マイケル・フォーサイス著(築地正登訳)原書房 2800年+税
評者:丸川知雄(東京大学社会科学研究所教授)
2005年に中国の地場自動車メーカー、奇瑞汽車を訪問したとき、輸入新鋭設備を並べたエンジン工場が印象的だったが、市場でまだ成功していない同社になぜこんなにすごい工場を建設するカネがあるのか不思議だった。その答えが本書のなかにある。奇瑞汽車は中国の政策銀行である国家開発銀行から投資と融資を受けていたのだ。
国家開発銀行の2013年の融資残高は124兆円で、世界最大の商業銀行である中国工商銀行の融資残高(122兆円)を上回る。しかし、その実態は謎に包まれている。私自身も同行のことは時々耳にはしていたが、本書を読んでその巨大さに驚いた。同行の資金はもっぱら債券によって調達されているが、それは国債に準ずる信用力を持つものとされ、主に中国の商業銀行が購入している。債券で調達された資金は中国国内の鉄道や道路、都市開発、新興産業の育成、さらには中国企業の海外進出の支援にも融資されている。
近年、中国の地方政府は傘下に「融資平台」と呼ばれる会社を作り、そこに銀行からの融資を引き出して都市のインフラや住宅の建設を進めているが、この仕組みを案出したのも国家開発銀行だという。同行は土地の売却益を担保として都市開発や企業の再生に融資する仕組みを通じて2009年以降の投資主導型の経済成長をリードする役割を演じてきた。
さらに、国家開発銀行は海外への投融資も拡大し、途上国への融資額はすでに世界銀行を上回っている。アフリカでは中国・アフリカ開発基金を運営し、中国企業のアフリカ進出プロジェクトに出資している。また、ベネズエラやエクアドルなどの産油国には石油を中国向けに輸出するのと引き替えにインフラや工場の建設の資金を融資している。
新興産業の支援も同行の主要な業務分野の一つだが、特に通信機器や太陽電池などの新興民間企業が海外で販売を拡大するうえで同行の融資は大きな役割を果たした。ただ、同行による金融支援が事実上の政府補助金に当たるとして欧米の反発を買い、反補助金課税やアンチダンピング課税を招いた。
あたかも中国の成長分野を国家開発銀行が産み出したかのような本書の書き方は一面的であり、同行の投融資活動はむしろ中国の産業政策の従属変数と見なすのが妥当であろう。とはいえ、本書は外部からはわかりにくい巨大銀行の姿を多方面からの取材から明らかにした第一級のジャーナリズムの成果だと評価できる。
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