Tuesday, June 23, 2015

書評・呉敬璉(曽根康雄監訳、バリー・ノートン編・解説)『呉敬璉、中国経済改革への道』



書評・呉敬璉(曽根康雄監訳、バリー・ノートン編・解説)『呉敬璉、中国経済改革への道』NTT出版、2015

 中国の経済改革は、当初は計画経済の大枠を維持したうえで部分的に市場メカニズムを導入するところから出発したが、1993年には改革の目標を「社会主義市場経済」と定め、それ以降は社会主義という枕詞を冠しつつも、実際には西側諸国と同様の経済制度を整備する方向へ進んできた。呉敬璉は当時政府直属のシンクタンクの要職にあって経済改革の目標設定において重要な役割を果たすなど、一貫して市場経済推進論者として知られている。本書は呉敬璉の1988年から最近までの改革に関する分析と提言を、アメリカにおける中国経済研究の第一人者であるバリー・ノートンが編集し、詳細な解説とともに紹介するものである。

 呉敬璉は計画経済と市場経済の中間に留まるような中途半端な改革の弊害を指摘し、国有企業や金融、財政などを包括的に改革することを提唱した。計画と市場が併存する体制のもとでは、計画による割当で安く仕入れた生産財を高い市場価格で転売するといったレント・シーキングが誘発される。生産財の計画割当が廃止されて市場価格に一本化されれば転売で儲ける余地はなくなるものの、改革の成功によって国有銀行に膨大な預金が集まり、国有地の価値が高まり、国有企業が独占するさまざまな権限の価値が高まると、再びレント・シーキングの機会が生まれる。2003年頃から中国の経済改革が余り進まなくなったが、それは手中にレント獲得の機会を握った官僚や国有企業幹部がそれを手放すことに抵抗するようになったことと、腐敗の蔓延と所得格差の拡大は経済改革自体に原因があると主張する新左派の影響力が強まったことが原因だと呉敬璉は分析する。国有企業の資金調達の場としてスタートした中国の株式市場は制度的な不備により「ルールなきカジノ」になってしまったが、そこから利益を得ている人たちが制度改革を阻んでいる。こうして袋小路に入り込んでしまった改革を前進させる鍵は本書の末尾で論じられる法の支配の実現、共産党の役割の転換、そして民主化であろう。

 本書によって、呉敬璉が1980年代前半という早い時期に市場経済のメカニズムに対する明確なビジョンを獲得し、その立場から中国が直面するさまざまな問題に対する解決策として市場化の徹底を提言し続けてきたことがわかる。201311月の中国共産党中央委員会での決議は国有企業の民営化など新たな改革の進展を期待させる内容を含んでいたが、改革への抵抗も強いようで、現状では改革はなお中途半端なところにとどまっている。今こそ呉敬璉のような勇気ある言論人たちの奮起が期待される。

(丸川知雄 東京大学社会科学研究所教授)

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